ロリコンを越えた子宮回帰の人魚姫
崖の上のポニョをみてきました。
一言で言うと、ロリコンを越えた子宮回帰の人魚姫。
宮崎駿監督は、世界が認めるロリコンだけど
今回の映画はロリコンを越えて、子宮リスペクト、妊婦リスペクト映画に感じた。
ちなみに私は現在、臨月の妊婦。
みた時に映画越しに宮崎駿にお腹を撫でられて
「元気な子供を生むんだよ〜」と言われた気がして気持ち悪かった。
なんて意地悪な感想を持ったのはどうやら少数派らしく
まわりの妊婦ブログでは「男の子が可愛かった」と好評だった。
ごめんなさい思考が歪んでて。でも正直話としても【もっと盛り上げられる】のに
それをしていなかったり、児童文学の領域に入っている映画だと思った。
まずこの映画、水中は子宮のイメージだと思う。
ポニョが居た場所は水中なのに更に膜の中。
それにプニュリと押して中に入れるシーンもあるし
水に触れたおばあさんたちの足が治ったり
男の子のケガが治ったりするのを考えても
時が戻る、産まれる前に戻れる場所だと思う。
時が戻るというより、宮崎駿の中でこの水の中は「万能」なのだろう。
しかし、水の中が子宮という考え方ならば
その水から出たおばあさん達の足は、元通り悪くなるべきだと思うが。
ここらは映画的サービスか。
というか、この老人ホームにおじいさんが居ないのが気になる。
しかも全員【足が悪い老人】。つまり下半身が使えない。
なんの象徴なのか分からないが、なんだか気持ちが悪い。
そして特筆すべきは、水の上で出会う赤ちゃんとお母さんのシーンだろう。
ポニョはたぶん、子宮からでたばかりの生物なので
まだ言葉が話せない赤ちゃんと話ができるのだろう。
そして飲み物を与えるが、それを母親が飲んで「私が飲めば母乳になるから」という。l
このブロック、必要だろうか。
映画の中で恐ろしく浮いてる気がする。
それだけに監督が入れたいシーンだったのだろうし、特別に意味があるのだろう。
分からないが、なんだか映画の中でとてもういていた。
そして落ちてくる月の話はどうなったのだ。
主人公は一体、何をして世界を救ったの?
全くわからない。主人公は最初からポニョに好意を持っているし
【人間じゃないポニョを選んだ事】は、話の最高点に持ってくるネタじゃない。
まあこれは児童文学。
盛り上げがあったり、話として破綻しないことなんて宮崎駿の中で
もはや興味がないことなのだ。
だって昔はやろうとして出来ていた事なのだ。ナウシカしかり。
そうすることに興味がないのだろう。
というか、こういう趣味の映画をつくれる偉い立場になったのだ。
積み重ねとは素晴らしい。
…と相変わらず意地悪観念で書き綴ったけど
水中の作画と、アイデアは素晴らしい。
ここまで作画能力とアイデアがないなら水中物の作品などやってはいけない。
というのも、最近見た『RD 潜脳調査室』は、水中が脳内に直結してるイメージなのに
水中は水中。ただの水の中として描かれてるのだ。
え?それってあんまし意味なくね?と思ったら先週には水中が実写になってた(笑)。
アニメ意味ねー! 水中じゃなくてミツコの部屋の中が脳内でも変わらないのだ。
その点、ポニョは素晴らしかったです。
一言で言うと、ロリコンを越えた子宮回帰の人魚姫。
宮崎駿監督は、世界が認めるロリコンだけど
今回の映画はロリコンを越えて、子宮リスペクト、妊婦リスペクト映画に感じた。
ちなみに私は現在、臨月の妊婦。
みた時に映画越しに宮崎駿にお腹を撫でられて
「元気な子供を生むんだよ〜」と言われた気がして気持ち悪かった。
なんて意地悪な感想を持ったのはどうやら少数派らしく
まわりの妊婦ブログでは「男の子が可愛かった」と好評だった。
ごめんなさい思考が歪んでて。でも正直話としても【もっと盛り上げられる】のに
それをしていなかったり、児童文学の領域に入っている映画だと思った。
まずこの映画、水中は子宮のイメージだと思う。
ポニョが居た場所は水中なのに更に膜の中。
それにプニュリと押して中に入れるシーンもあるし
水に触れたおばあさんたちの足が治ったり
男の子のケガが治ったりするのを考えても
時が戻る、産まれる前に戻れる場所だと思う。
時が戻るというより、宮崎駿の中でこの水の中は「万能」なのだろう。
しかし、水の中が子宮という考え方ならば
その水から出たおばあさん達の足は、元通り悪くなるべきだと思うが。
ここらは映画的サービスか。
というか、この老人ホームにおじいさんが居ないのが気になる。
しかも全員【足が悪い老人】。つまり下半身が使えない。
なんの象徴なのか分からないが、なんだか気持ちが悪い。
そして特筆すべきは、水の上で出会う赤ちゃんとお母さんのシーンだろう。
ポニョはたぶん、子宮からでたばかりの生物なので
まだ言葉が話せない赤ちゃんと話ができるのだろう。
そして飲み物を与えるが、それを母親が飲んで「私が飲めば母乳になるから」という。l
このブロック、必要だろうか。
映画の中で恐ろしく浮いてる気がする。
それだけに監督が入れたいシーンだったのだろうし、特別に意味があるのだろう。
分からないが、なんだか映画の中でとてもういていた。
そして落ちてくる月の話はどうなったのだ。
主人公は一体、何をして世界を救ったの?
全くわからない。主人公は最初からポニョに好意を持っているし
【人間じゃないポニョを選んだ事】は、話の最高点に持ってくるネタじゃない。
まあこれは児童文学。
盛り上げがあったり、話として破綻しないことなんて宮崎駿の中で
もはや興味がないことなのだ。
だって昔はやろうとして出来ていた事なのだ。ナウシカしかり。
そうすることに興味がないのだろう。
というか、こういう趣味の映画をつくれる偉い立場になったのだ。
積み重ねとは素晴らしい。
…と相変わらず意地悪観念で書き綴ったけど
水中の作画と、アイデアは素晴らしい。
ここまで作画能力とアイデアがないなら水中物の作品などやってはいけない。
というのも、最近見た『RD 潜脳調査室』は、水中が脳内に直結してるイメージなのに
水中は水中。ただの水の中として描かれてるのだ。
え?それってあんまし意味なくね?と思ったら先週には水中が実写になってた(笑)。
アニメ意味ねー! 水中じゃなくてミツコの部屋の中が脳内でも変わらないのだ。
その点、ポニョは素晴らしかったです。


